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第1 控訴人の提出した控訴理由書は多くの論点に亘って、原判決に対する批判と本来認定されるべき事実を明らかにしている。巨大企業NTTの行った大規模な企業の再編に伴うリストラルチュアリングについて、それが複合的で脱法的な手法を用いていることも事案の争点に即して明らかにしたところである(理由書第3P10〜37)。それはこの構造改革の推進は労働基本権をはじめとする労働諸法制によって保護される労働権・労働者権と鋭く対立するからに他ならない。しかし、11万人リストラを推進する過程における本件配転命令・人事権の行使は、法的根拠を欠き、徒らに労働者の人格権をも侵害する違法行為として展開されたが故に、理由書第4以下第8まで(P37〜167及び理由書(2))において本件配転転命令の違法・不当性と、控訴人らの重大な利益・権利を侵害するものであることを明らかにしたところである。
第2 私は、控訴審の審理に際し、次の2つの点について、裁判官の皆さんに是非申し上げたいことがあります。
その1は、申すまでもなく、控訴審は事実審としては最終審であります。いま控訴人木村氏が同後藤氏の抱える問題と、同氏に対する配転命令が、生命・健康に関わる重大で深刻な事態について意見が述べられた。また、別途理由書(2)においてもこれを明らかにしている。そのため重複して述べることは避けるが、まず事実を真正面から確実にとらえていただきたい。それと同時に同問題の核心は、このように生命・健康に関する重大な事態を従業員に強いてまで、彼に担当させなければならない必要性ある業務が配転先である大阪支店に存在したのかが問われ、これが肯定されない以上は、業務上の必要性のある配転命令とはならないと判断されるというべきである。ところが原判決は、一般的に抽象的に「控訴人らが配転先で担当することになった営業業務が収益の見込みのないものであったと認めることはできない」と述べて、配転の業務上の必要性を肯定し、他方控訴人の蒙る不利益性の程度を論じ、それが大きければ人事権の濫用に該ると判断する。然し、この原判決の判断方法は配転の効力を判断する上で、とくに業務上の必要性の認定について正しい結論を得ることにはならない。業務上の必要性は労働者の受ける不利益との相関関係の中でとらえられるべきだからである。とくに、不利益性が顕著に大きく人道に悖ると問われる控訴人神野、同市田、同村上、そして後藤氏のみならず、控訴人らの蒙る不利益の大きさと実際に、控訴人らが就かされた業務なるものとの不均衡を見ていただきたい。就かされたそれは本来の業務の名に価しないものである。30年、40年と通信事業の推進に生涯をかけて働いてきた控訴人らに対し、50才をこえて見知らぬ土地で地図を片手に戸々にポスティングをさせるというような処遇をすることは、人を遇する道ではありません。控訴人らをして該業務に就かさなければならない必要性は全く存しない。およそ人間の自己実現、人格形成、社会参加といった労働の喜びと意義を感じさせることのない業務が便宜的に、且つ特別に準備され、かかる業務の名にも価しない業務のために、単身赴任や、新幹線通勤をさせるという非合理は本来の企業活動にはありえない。本件配転命令には、業務上の必要性がなく、違法な業務命令であり、むしろ害意が含まれていると言わざるをえない。この点から、本件配転命令は、労働契約の枠をこえた不当極まる措置であり、不法行為を構成するのである。
その2は、NTTの行った構造改革そのものの当否についての判断を裁判所に求めるものではないが、リストラの目的はNTTグループの最大利潤の追求をはかる施策であり、経営危機など凡そ存しないところで実施されていること、そのことを前提として理解されたい。その上で、にも拘わらずNTTは自らの手で、その本体機能を特化した業務をOS会社に業務委託して自らの業務でなくしてしまった。OS会社とは、NTTが100%出資して自らの手で設立した会社である。ところがNTTで働いている従業員に対しては、NTTを退職してOS会社への再雇用に応じないのであれば、NTTにその業務がなくなったことを理由に配転を命ずるという。が、業務が消滅したり、改廃されたのではない。現にそこにあり、業務はOS会社によって営まれているのである。従業員には何の落度や非難されるべき点はない。むしろNTTの執った措置は、従業員がこれまで全く予期しないNTTによる契約違反と目すべき事態であり、このような法状態を出発点として問題は展開されたのである。本件配転命令が原理的にクリーンハンドの原則、信義誠実の原則に反する人事権の行使とならざるをえなかった根本的な原因はここにあったのである。これを見誤り、法的思惟、法意識すなわちなにが法的に正しいか、又は不正であるかの観念において決定的な誤りを犯した原判決を、必ず正していただきたいと思料する。 |