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平成19年(ネ)第2475号 配転無効確認等請求控訴事件
控訴人  飯  野   和  子 外8名
被控訴人 東日本電信電話株式会社 外1名




            準 備 書 面 (5)
                 (最 終)


                         2008年1月15日

 東京高等裁判所第20民事部 御中


             上記控訴人ら訴訟代理人

              弁 護 士   上   田   誠   吉


              同        坂   本        修


              同        今   村   幸 次 郎


              同        泉   澤        章


              同        大   崎   潤   一


              同        小   木   和   男




              同        上   条   貞   夫


              同        志   村        新


              同        菅        俊   治


              同        鷲   見   賢 一 郎


               同        瀬   野   俊   之


              同        平   井   哲   史


              同        藤   澤        整


              同        町   田   伸   一


              同        松   島        曉


              同         松   本   恵 美 子


              同         山   崎        徹


                                 外18名






 目      次


〈はじめに〉最終準備書面の目的と構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1 目的−”光”ある公正で正義の判決を求めて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2 構成について−配転法理に反し、生活を侵害する違法配転に絞る・・・・


第1 配転についてのルールの再確認・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 1 配転要件についての原判決の判旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 2 移籍に応じないことを理由にする不利益はルール違反・・・・・・・・・・・・
(1) 移籍拒否で不利益処遇はできない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 千代田化工建設事件判決の法理−本件にも適用されるルール・・・・・・
(3) 「特別の例外」の立証はない−逆の事実が証明されている・・・・・・・・・
(4) 結論−原判決の根本的な誤り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  3 確立している一般配転ルールにも違反・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1) 確立している配転法理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 最高裁東亜ペイント事件判決の法理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 発展している豊富な判例ルール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(4) 結論−豊富な判例ルールに反する原判決の誤り・・・・・・・・・・・・・・・・・


第2 人間らしい生活を侵害する重大な不利益・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 1 控訴人らが受けた重大な不利益・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1) 遠距離通勤の被害・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 単身赴任の被害・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 本人の健康状態も無視・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  2 業務上の必要性のない配転であることは明白・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1) ルールを空洞化した「緩やかな基準」の導入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2) 「論より証拠」−各控訴人らの配置・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(3) 経営上、損失の大きい配転・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈むすび〉真実と正義の判決を求める・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






     控訴審結審にあたっての意見(最終準備書面
          −口頭陳述に代えて−

<はじめに> 最終準備書面の目的と構成
1,目的−光≠る公正で正義の判決を求めて
  当審での冒頭の意見
 平成19年7月9日、当控訴審第1回口頭弁論の冒頭に
 あたって、控訴人らは長大な控訴理由書の要旨の陳述をつぎの言葉から語り出し
 ました。
  「 提訴以来、4年2ヶ月余の審理を経て結審した本件について、東京地方裁
 判所民事19部は、本年3月29日、原告の主張を退け、全員敗訴の判決を言
 い渡しました。判決はこの国の労働裁判の長い歴史のなかでも、まれにみる特
 異な判決です。
   判決の論旨がまかりとおったら、構造改革・合理化そして人件費切り下げの
 名の下に、『利益の極大化』をひたすら渇望する大企業は、本件と同じ仕組みを
 使えば、何でもできることになります。控訴人だけでなく、幾十万、幾百万の
 労働者とその家族が、労働のルールによる保護も、司法の助けもなく、その生
 活と人権を奪われることになってしまうのです。このような判決は、とうてい
 『甘受』できません。だから控訴人らは、すでに6年にわたる本件配転の不利
 益、長期裁判の困難に耐えて、当裁判所に光≠求めて、控訴したのです。
  控訴人らの切実な思いに、当裁判所が充分耳をかたむけ、審理をつくして、
 正しい判決をされることを心から願って、以下、要旨をのべます。」
 控訴人らは、原判決の重大な誤りをいくつもの点で主張した上で、最後にむす
 びとして、つぎのように述べました。
 「 多くの点、とりわけ、本件『構造改革』や『雇用形態選択制度』の評価に
 ついて、控訴人の主張との違いはありますが、札幌地方裁判所は一連の配転が
 業務上の必要のないものであることを認め、原告らの受けた不利益を直視して、
 全員(原告5名−引用者注)勝訴の判決をしました。同裁判所は、『構造改
 革』が必要だからということを、『錦の御旗』にも、『免罪符』にもしなかっ
 たのです。裁判所として当然の事実認定であり、道理だと私たちは考えます。
 そして、それと比べて、同じ裁判所なのになぜ東京地方裁判所はこんなにも違
 うのかという思いを深くしています。しかし、『裁判所が違って、不運だった』
 と我が身の不幸を嘆いているわけにはいきません。
  たとえ、東京地裁民事19部という一つの裁判所で、事実と道理に反する判
 決を受けても、真実を訴えれば、もう一つの裁判所、上訴裁判所である当裁判
 所は、誤りを正し、控訴人らの権利を正当に擁護してくれるに違いないと信じ、
 控訴人らは控訴しました。(中略)
  当裁判所が新証拠の取調をふくめて審理をつくし、正しい判決をされること
 を重ねて願って、意見陳述とします。」

  当審で真実はさらに明白になった あの日から、本日、結審するまで約6ヶ月
 余の時間が過ぎました。この間、控訴人らは原判決の誤りと、原判決を擁護し、
 本件配転を正当だと主張しつづける被控訴人らの主張が、事実と道理に反するこ
 とを明らかにするために全力を尽くしました。控訴理由書及び当裁判所から、控
 訴審での論点をできるだけ絞りこむようにという指示を受けて作成した準備書面
 (2)、そしてこれらに対する被控訴人らの反論に克明に再反論した準備書面
 (3)、同(4)などはそのためのものでした。控訴人らはまた、様々の書証や
 退職・再雇用に応ずるように脅迫している佐伯課長の言動を明らかにした大野録
 音テープなどの当審での新証拠で、新たな立証を行いました。本日は、本件で退
 職・再雇用者の中からの初めての証人である渡辺洋一郎、新健治両証人の証言で、
 さらに退職・再雇用の不利益と、にもかかわらずこれに応ぜざるを得なかった事
 実について、証言を行うことになっています。なお、こうした新証拠とともに、
 平成14年の本件配転以来5年を超え6年になろうとしている時の経過のなかで、
 嘘が明らかになり、真実が浮かび上がってきていることをも、当審が直視される
 ことを控訴人らはつよく求めるものです。 (注)
  控訴人らは、こうした努力によって、原判決の誤りと、控訴人らの請求の正当
 さは明白になったと確信します。

  口頭での意見陳述にかえて そのことを控訴人らは、本日、口頭でくわしくの
 べたいとつよく思っていましたが、訴訟進行の経過上、それは不可能になりまし
 た。そこで、口頭による最終意見の陳述に代えて、主に、当審での審理のなかで、
 なにが新たに、あるいはなにがより鮮明に明らかになったかに主に的を絞って、
 以下意見を述べることにします。
   (注)「六年間」が明らかにした重要な争点
    その時には真実が誰の目にも分かるという状況になっていなくても、その後の時
 の経過のなかで真実が自ら浮かび上がってくるということはよくあることである。本件
 はその典型である。たとえば@本件無期限配転が実は退職にいたるまでの「終身配転」
 であったこと、Aだから控訴人らとその家族の生活と健康を大きく破壊するものになら
 ざるを得なかったこと、B被控訴人らの本件構造改革、退職・再雇用制度を導入する口
 実となり、原判決もみとめている「経営の危機」が存在していなかったこと、そのこと
 がいわゆる年金判決で明確に判示されたことなどがそれである。これらの事実はけっし
 て「事情」にとどまるものではない。控訴人らの主張の正しさと原判決の誤りを明確に
 するものである。当審判決にあたってこれらの事実を直視すべきである。

2,構成について−配転法理に反し、生活を侵害する違法配転に絞る
   本準備書面の構成は「配転法理に反する業務上の必要性のない重大な不利益配
 転である」という点に絞っています。
   そのために、第1で配転のルールの再確認について述べます。この点について、
 本準備書面でとくに強調しているのは、1の「移籍に応じないことを理由にする
 不利益配転は違法」と言うことです。一審以来述べている主張ではありますが、
 本件配転の不当性を明白にする重大な論点で、かつ、当審準備書面(2)で千代

 田化工建設事件の各判例を引用して、より体系的に述べている点ですので、同準
 備書面(2)での記述を引用してくわしく述べました。その上で、一般の配転法
 を明らかにしています。
   第2で「人間らしい生活を侵害する重大な不利益」であることを、いままでい
 わゆる「各論」で各控訴人ごとに述べている事実を引用して、明らかにしました。
 いままでの当審準備書面の「総論」でも述べてきたのですが、そのことを解明し、
 明白にするには、「各論」でのべた具体的事実がもっとも真実を証明する役に立
 つと考えたからです。「各論」での具体的事実は、あれこれの「理屈」や手のこ
 んだ弁解で、決して消し去ることのできない重さをもっています。それは被控訴
 人らの弁解や道理に反する原判決の誤りを明白にする光≠セと考えました。そ
 こで、全控訴人らについてではありませんが、それぞれの何人かの控訴人の実例
 を挙げて、一つには人間らしい労働や生活を侵害する本件配転の実態を明らかに
 し、もうひとつには、このような苦難を与えることを正当化するに足りる業務上
 の必要性など全くないことを明白にしました。
   もとより、本件での争点は、他に数多くあります。とくに、@定年差別である
 こと、A退職・再雇用に多くの労働者を誘導するための意図的な不利益配転であ
 ること、Bこうした配転を正当化するために原判決が認めた本件構造改革、とり
 わけその「中核」と原判決が認める退職・再雇用制度の違法・不当性ならびにそ
 のことを合法化するに足りる被控訴人らの経営上の危機など、全く存在しなかっ
 たことは、本件での重大な争点です。しかし、これらの諸点については、すでに
 提出した準備書面(当審で明らかになった年金判決など新たな事実を含む)で、
 充分に解明されていると確信し、本準備書面では(時間と紙数の関係もあり)省
 略しました。
   なお、本準備書面はいままでの主張を変更したり、新たな主張を持ち込んでは
 いないことを念のために述べておきます。


第1 配転についてのルールの再確認
   「ルールなき資本主義日本」とよく言われます。しかし、労使関係についても
 憲法、労基法、労組法、定年法、育休法、そして労働契約本来の多様なルール及
 びこれらを貫く信義則、権利濫用の禁止など、判例によって確立された豊富なル
 ールがあるのです。その上、我国が批准したILO条約や国際人権規約がありま
 す。本件についてもこれらのルールが適用されるべきなのは言うまでもありませ
 ん。このことは原審以来、一貫して控訴人らが主張してきたところですが、ここ
 では、そのことを前提としつつ、直接の配転についてのルールに絞って述べるこ
 とにします。

1,配転要件についての原判決の判旨
   原判決は、配転をするにあたっての当然のルールとして、つぎのように判示し
 ています。

  「(前略)もっとも、就業規則に配転に関する一般条項が定められているから
 といって、被告らの配転命令権が無制限に認められるものではない。配転命令
 権が、業務上の必要性が存しないにもかかわらず行使された場合や、業務上の
 必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をもって行われたもの
 であるとき、又は、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を
 負わせるものであるときには、配転命令権が権利を濫用して行使されたものと
 して、無効となる」(原判決52頁 傍線は引用者)
  「原告飯野、同金子、同野形を除く各原告らは、いずれも配転により単身赴任
 を強いられており(原告鎌倉は、後記のとおり、長女と同居後、長女自身の選
 択により単身赴任となっている)、原告飯野、同金子及び同野形も長時間の遠
 距離通勤を強いられているものである。
   どのような場合が配転に伴い労働者が通常甘受すべき程度の不利益といえる
 かは、労働者の具体的な不利益の内容、程度、その不利益を軽減するために使
 用者側が採った措置の加え、労働者の不利益と配転についての業務上の必要性
 との関係で定まるものと解されるが、単身赴任や遠距離通勤が、労働者の家族
 関係に与える影響は少なくなく、特に単身赴任は、家族との共同生活を維持し
 得なくさせるものであり、労働者に与える不利益の程度も大きいことからすれ
 ば、使用者が労働者に単身赴任を伴う広域配転を命じる際には、慎重に検討を
 要することが求められることはいうまでもなく、業務上の必要性についても、
 近隣地区への配転を行う際よりは高度のものが要求されて然るべきであると解
 される。また、単身赴任が前記のような不利益を伴うことからすれば、そのよ
 うな配転を行う企業の実情に応じ、可能な限り、単身赴任の負担を軽減する措
 置が採られることが望ましいこともいうまでもない。」(原判決142頁〜14
 3頁 傍線は引用者)
   原判決のこのような判旨は、遠距離通勤(とくに本件のような往復4時間も
 の)を単身赴任と区別していることなどに問題はありますが、おおむね、後に述
 べる配転についての判例ルールに合致しています。
   にもかかわらず、原判決は、実際には自らも認めたはずの配転についてのルー
 ルを空洞化させ、結局は明白かつ重大なルール違反を適法だとしてしまいました。
 その誤りを明らかにするには、そもそも本件に適用さるべき配転についてのルー
 ルとはなにかを、まず明らかにする必要があると考え、以下述べることにします。

2,移籍に応じないことを理由にする不利益はルール違反
   本件配転は、一般のあれこれの配転と違って、移籍に応じないことを実際の理
 由(決定的な、あるいは主な理由)とする配転です。しかし、正にそのことこそ、
 後に述べるあれこれの違法事由に先行する重大かつ基本的な違法事由なのです。
   控訴人らに対する本件配転命令は、通常一般の配転とは異なり、控訴人らの新
 会社への移籍拒否が根本の原因となっています。ここに本件配転命令の特質があ
 るのであり、「本件配転命令の効力は、これに先行直結する移籍との関わりでこ
 そ判断されなければならない」−このことは、原審以来の控訴人主張の根幹を

 なすものです。
 移籍拒否が原因 原審判決も、控訴人らが被控訴人会社の提示した退職・再雇
 用(移籍)の道を選択しなかった結果として本件配転命令の対象にされたとは認
 めています(判決139頁)。
   しかし、その一方で原判決は、移籍に応じない場合の異職種・広域配転の道
 (いわゆる満了型)も控訴人らに提示されており、控訴人らは自由意思による選
 択が可能であったところ、控訴人らは会社の求める「雇用形態選択通知書」を提
 出しなかったため、後者の道を選択したものとみなして会社は本件配転命令を出
 した、このように「みなした」ことは違法不当でない、とし(117頁。136〜137
 頁)、あたかも本件配転は控訴人らが自ら招いた結果であるかのように判示して
 います。
   ここに原判決の意図的な事実の歪曲があることは、当審準備書面(2)〈第1
 部〉などで、控訴人らが疑問の余地のないところまで解明したとおりです。
   控訴人らは、移籍の道も異職種・広域配転の道も、選択してはいません。会社
 が、移籍に応じなかった控訴人らに対して、移籍に応じなかったことの故に、異
 職種・広域配転の道を選択したものと勝手に決め付けて本件配転の業務命令を出
 した。これが真実です。では、その場合、移籍に応じなかったことを理由に不利
 益な処遇−本件で言えば不利益な配転ができるのでしょうか。それは決してで
 きない、もしそんな配転なら、違法無効となるというのが、確立した判例ルール
 です。
(1) 移籍拒否で不利益処遇はできない
   もともと移籍は、配転と異なり、労働契約の解除と新たな労働契約の締結です
  から、当該労働者の同意がなければ使用者としてこれを実施できません。すな
  わち、移籍に同意せずこれを拒否することは当該労働者の自由であって、その
  ことを理由に当該労働者を不利益に扱うことは、労働契約上、決して許されな
  いのです。
   この場合は、その不利益の程度を問わず、もしその不利益扱いが法律行為に
  よるときは、当該法律行為は労働契約違反として違法無効となります。本件で
  言えば、被控訴人が求めた本件移籍は、もともと控訴人らとの労働契約には含
  まれていないのですから、その拒否に対して控訴人らを不利益扱いすることは、
  まさに労働契約違反であることはいっそう明らかです。
    しかも、本件配転によって控訴人らの被った不利益は、のちに第2で詳しく
  述べるとおり重大なものでした。移籍を拒否したために、これ程まで不利益に
  扱うとは、その労働契約違反の違法性は極めて重大だということです。
   のみならず、そもそも本件の移籍自体が、アウトソ−シングによる人件費削
  減の対象を51歳以上に限定し50歳以下にだけ新会社への在籍出向を認める
  という、理由のない年齢差別の移籍であってみれば、このような移籍に応じな
  かったことの故にこれ程までの不利益扱いをすることの違法性が、なおさら重
  大なことは明白です。
(2) 千代田化工建設事件判決の法理ー本件にも適用されるルール

   被控訴人は、51歳以上の在籍出向を認めると移籍に応じた者の不公平感を煽
  るから認めなかったと主張しています。原判決はこの主張を認めています。し
  かし、だからといって移籍に応じなかった者を不利益扱いしてよいという理屈
  は成り立たちません。
    そのことは、すでに判例ルールとして確立していることです。
  千代田化工建設事件判決  30%減少を伴う移籍に応じなかったために不利
  益扱いをうけた事案(千代田化工建設事件)について、判例は次のように指摘
  しています。
   「そもそも、移籍についてはそれが雇用契約の解除と新たな雇用契約の締結
   であるところから、新契約が従業員にとって有利か不利かにかかわらず、当
   該従業員の同意(承諾)がなければこれをなし得ず、使用者が一方的になし
   得るものでないこと」「そうだとすると、移籍に同意せず、これを拒否する
   ことは当該従業員の自由であって、このことを理由として当該従業員を不利
   益に扱うことは許されないものというべきである。まして、移籍による新契
   約の内容が旧契約に比し、その賃金が30パ−セントも減少するということ
   であれば、なおさらというべきである。」(横浜地裁 平成元年5月30日判
   決 労働判例540号22〔75〕頁)
   同事件の控訴審判決は、それでは移籍拒否者が「ごね得」をする結果になる、
  という会社の主張に対して、次のように判示しています。
  「素朴な感覚としては理解することができるが、川崎工場の合理化に対して徹
   底的に抵抗する従業員もあり得ることは、前認定の事前の状況から予測され
   るところであったということができるから、これに対する控訴人の当初から
   の対応が適切であったかどうかが問われるべきであり、その対応において不
   十分の点があったがために独り被控訴人のみが利益を受ける結果となったと
   しても、その結果は甘受するのほかはないということができる。」(東京高裁
   平成3年5月28日判決 労働判例606号68〔75〕頁)。
   同判決は、最高裁でも維持されました。(最高裁〔一小〕平成4年5月25
 日判決労働判例615号12頁)
   この事案は、移籍拒否を理由とする解雇が争われた事件ですが、移籍拒否
 は当該従業員の自由であり、その拒否を理由に不利益扱いは許されず、これ
 を「ごね得」と評価することは出来ないことが、判例法理として確認されたと
 みるべきで、この法理は、まさに本件にも共通して妥当します。実際にも、本
 件配転の不利益性は、解雇のそれに匹敵(現に多くの労働者が配転の不利益に
 耐えられないために、退職している)しており、千代田化工建設事件と事案を
異にはしていないのです。

(3) 「特別の例外」の立証はない−逆の真実が証明されている
    本件配転が移籍拒否に対する不利益扱いであることは、客観的事実であって、
  被控訴人がこれを正当化することは法理上不可能です。もし、それを敢えて正
  当化しようとするのであれば、その論理は唯一つ、「本件配転は特別の例外と
  して許容される特段の事実がある」ということでしょう。つまり、万策を尽く

  しても本件配転以外に控訴人らに対する処遇の方法を見出せなかった、という
  ことを被控訴人らはパ−フェクトに立証しなければならないし、原判決は、合
  理的な疑問を超えて、確実にそう判断したことを人々が理解しうる判旨で明白
  にしなければなりません。
    だが、これまで被控訴人は、そのような立証責任を果たし得ていません。も
  ともとそのような立証は不可能なのです。
    なぜなら、すでに原審において、本件配転先が退職・再雇用(不利益移籍)
  を圧倒的多数の労働者に強いるために被控訴人の「無理に創り出した『満了型
  選択者』対策用の部署」であること、被控訴人のいう配転先の「人員要請」が
  実際には存在せず本社が遠隔地・異職種配転該当者(控訴人ら)の受け入れを
  配転先に指示していたこと(甲126「会社内部資料」)、被控訴人は首都圏の法
  人営業業務の強化のためというが首都圏には適任者が数々いて控訴人らを遠隔
  地から配転させる必要はなかったこと、等々の事実を、控訴人は逆に立証済み
  だからです。

(4) 結論−原判決の根本的な誤り
    以上を要するに、原判決が、本件配転は業務上の必要によって実施され控訴
  人らの不利益も配転に通常伴う程度のもの、と認定したことは、まさに木を見
  て森を見ない決定的な誤りだといわなければなりません。くり返しますが、本
  件配転は、移籍拒否に対する不利益扱いに他ならず、移籍拒否に不利益が伴う
  ことは、労働契約上あり得べからざる許されないものなのです。
   本件配転を正当とした原判決は、以上述べた移籍に応じないことを真の理由
  (決定的な理由、あるいは主な理由)とする不利益処遇は許されないというル
  ールに反し、その点でも(その点だけでも)破棄は免れないものです。

3,確立している一般配転ルールにも違反
  配転については1で述べたような配転のケースだけではなく、多様な配転に共
 通するルールがあります。念のために言えば、上に述べた「特別の配転」の場合
 に、以下に述べる配転ルールが及ばないということではありません。その場合は、
 以下のべる配転ルールは、よりきびしい適用が求められるという関係になります。
 そのことを前提として、本件配転について適用される一般の配転ルールは何かを
 明らかにします。こうした一般の配転ルールに照らしても、本件配転の違法性は
 明白です。

 (1) 確立している配転法理
    配転命令は、適正な手続のもとで、対象労働者の生活と労働について、適切
  な配慮をもって行われなければなりません。そのことは、最高裁判決を含めて、
  判例においても(学説においても)確立しています。
    控訴人らは、この点について、くり返し解明・主張してきました。控訴審準
  備書面(2)〈第1部〉(6頁以下)は、これをまとめたものです。
    同準備書面で控訴人らは、配転法理の基本をまず以下のように東亜ペイント
  事件最高裁判決(第2小法廷、昭和61年7月14日)を引用して明らかにし

  ています。
     「契約自由」の大原則は、無限定ではなく、人間が人間らしく生きていく社
  会のために、様々なルールに服することになります。
 労働契約でのルール−内在するルール  とりわけ、労働契約においてはそう
 です。労働契約における労働者は、消費契約における消費者とは異なり、契約
 の相手方当事者である使用者を自由には選べないのが実態です。そのうえ、労
 働者は、使用者が一般的に法人であるのと異なり生身の人間であって、人間と
 しての生活を営むために、生活時間の大半を使用者の支配のもとで過ごさなけ
 ればならないという継続的な関係に、必然的におかれているのです。
 これらのことから、労働契約においては、とりわけ使用者は労働者に対して、
 契約上の一般原則である信義則及び権利濫用法理に従うべきことが強く要請さ
 れるとともに、労働契約の本質に伴うに重要な義務として労働者の生命・身体
 上の安全及び生活上の利益についての配慮義務を負っています。これは、労働
 契約そのものに内在しているルールなのです。
   判例法理において、「整理解雇」が有効とされるための四要件、あるいは就
 業規則による労働条件の不利益変更における合理性要件なども、労働契約関係
 を貫くこれらの基本原則を、使用者の都合による労働条件の変更(終了)とい
 う場面に即して要件化したものに他なりません。
 では、配転をめぐってはどういうルールがあるのか。配転命令は、労働条件
 の内容である就業の場所または従事すべき業務のいずれかあるいは両方を変更
 するものであるから、配転命令もまた労働契約を貫くこれらの基本原則に服し
 ます。そのことを明確にしたのは、東亜ペイント事件・最高裁第2小法廷昭和
 61年7月14日判決です。

 (2) 最高裁東亜ペイント事件判決の法理
   この判決は、「使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるもので
 はなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもない。」としまし
 た。
  上記最高裁判決は、配転命令権の行使が権利濫用に該当するか否かについ
 ての一般的な判断基準を示しました。同判決は「配転命令における業務上の
 必要性」について、「労働力の適正配置、業務の能力増進、労働者の能力開発、
 勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認
 められる」ことを基準として明示しました。

 (3) 発展している豊富な判例ルール
   この一般的な判断基準は、その後の具体的な配転事件をめぐる判例の発展、
  とりわけ平成13年11月の法改正(平成14年4月1日施行)による育児
  介護休業法26条新設後の裁判例によって、具体化・明確化がはかられてき
  ています。
    そのなかで、配置転換は職種・勤務地のいずれを変更する場合であっても
  労働者に多かれ少なかれ不利益を強いる結果となることが多いことから、使
  用者は配転命令にあたっては適正な手続をとるべきであって、これに反する

  配転命令は無効であることが明らかにされてきているのです。
  以上の配転法理の具体的適用として、使用者には多くの義務、そして、そ
  の誠実な履行が求められます。具体的には、使用者には@説明義務、A労働
  者の個別事情把握義務、B育児介護休業法26条による配慮義務があるので
  す。
    控訴人らは、かねてからそのことを主張してきましたが、とりわけ前掲準備
  書面(2)(第2章、7頁以下)において、本件配転と同じ問題を持つ重要判
  例をあげて、くわしく解明、主張しています。ここでは重ねての引用も、解説
  も避けますが、ここで確立されている判例ルールは、本件配転の正当・合法、
  不当・違法を判断する上で、その基準となるものであることを重ねて強調する
  ものです。

 (4) 結論−豊富な判例ルールに反する原判決の誤り
    本件配転は、後に第2で述べるように、東亜ペイント事件の地裁、高裁、最
  高裁判決が判示する業務上の必要性など全くない配転でした。無期限(「終身
  配転」)であるにもかかわらず、具体的な必要性についての説明はなく、各控
  訴人らが配転に応じられない事情を述べても、調査も検討もしない問答無用の
  配転でした。にもかかわらず、これを弁解し、正当だとした原判決の誤りは重
  大なものがあります。


第2 人間らしい生活を侵害する重大な不利益
   第1の「2」のルールであれ、「3」のルールであれ、そこに共通するのは、
 人間らしい生活、(人間らしい労働)を侵害する配転は許されないということで
 す。
   本件配転は、第1の「2」及び「3」で述べた配転のルールに照らしても、疑
 問の余地のないルール違反でした。とうてい甘受できない不利益を、無期限に科
 す、しかも、これだけの不利益を強いることを合理化する業務上の必要性など、
 のちに述べるように全くなかったのです。
   @本件配転が、「2」で述べたように移籍のための不利益配転だという違法性、
 A違法、脱法の退職・再雇用に労働者を追い込む(原判決の言葉では「誘導す
 る」)ための違法な目的での手段であったこと、B被控訴人らがこうした手段を
 とることをやむを得ないとして合理化する「企業の危機」などなかったことにつ
 いては、既に述べたとおりです。
   ここでは、本件配転が労働者が人間らしく働き、人間として家族とともに生き
 るという当然の権利を侵害していること、つまり、業務上の必要性と「比較考
 量」する以前の問題である重大な不利益性があることを述べます。念ために言え
 ば、そうである以上たとえ、原判決のように「比較考量」するという立場に立っ
 ても、比べものにならない程、不利益は重大なものだったということです。
   あれこれの理由ではとうてい合法化できない配転法理違反があったことは、原
 審でも、既に明らかになっていましたが、当審においてはさらに疑問の余地のな

 いものになっていることについて、まず、のべることにします。

1,控訴人らの受けた重大な不利益
   控訴人らの受けた重大な不利益について、控訴人らは原審以来一貫して解明主
 張してきました。当審においては、その準備書面(2)〈第2部〉において、各
 控訴人ごとに、被控訴人らのそれまでの主張に反論し、原判決の誤りをも具体的
 に指摘して、そのことを明らかにしています。ですから、ここではくり返しませ
 ん。ただし、その本質が簡明に分かるように、以下、3人の場合を例にとって述
 べます。
   なお、いずれの控訴人についても、本件配転は、すでに述べたとおり「終身配
 転」であり、そのことが、配転の被害をいっそう深刻なものにしていること、被
 控訴人らは、そのことを本件配転命令の当然の内容とし、目的として行使したも
 のであることを強調しておきます。原判決は、この重大な問題を全く無視して判
 示していますが、到底、許されるものではありません。

 (1) 遠距離通勤の被害
  <控訴人飯野の場合>

    控訴人飯野、同金子は片道2時間、往復4時間という遠距離通勤です。そし
  て、無期限配転でもう6年間に近くも働いている結果、毎日、疲労しきって
  いる状況です。重大な事実なので、以下、前掲準備書面(2)〈第2部〉(7頁、
  8頁)から必要部分を引用しておきます(下線は引用者、以下同じ)。

 (1) 上記のとおり、控訴人飯野は、本件配転により、片道約2時間、のべ4
個の交通手段を要する通勤を余儀なくされた。そして、現在でも、片道約2
時間、のべ5個の通勤手段を要する通勤を余儀なくされている。50歳代の
女性が、往復約4時間、のべ8乃至10個の交通手段を要する通勤を、1週
間に5日間、連続することについては、原判決ですら、「片道2時間の通勤
は、これ が肉体的、精神的に負担となるものであることは容易に理解するこ
とができる」(原判決144頁)と判示したところである。
 (2) しかし、(しかも−引用者注)控訴人飯野が被控訴人会社に強いられて
いる肉体的、精神的負担は、この通勤に限られない。控訴人飯野が現在従事
する業務は、Bフレッツやひかり電話等の飛び込みでの営業である。そして、
控訴人ら代理人弁護士が同行した本年8月21日の控訴人飯野の業務は、
この過酷さを如実に表している。控訴人飯野の営業先への移動状況は、以下
のとおりであった。なお、この日の業務は特殊なものではない。
  ○ 午前10時45分、勤務先を出発し、徒歩にて、東武東上線志木駅東
口バス乗り場に向かう。
  ○ 午前10時53分、東武東上線志木駅東口所在の国際興業バス4番乗
り場に到着し、午前11時発のバスに乗車する。
  ○ 午前11時37分、JR浦和駅西口所在の国際興業バス停留所に到着
し、徒歩で、JR浦和駅へ向かう
  ○ 午前11時51分、JR浦和駅で京浜東北線に乗車する。
  ○ 午前11時52分、JR北浦和駅に到着し、昼食を取る。
  ○ 午後0時51分、徒歩で、東武バス北浦和駅バス停留所へ向かう。
  ○ 午後0時55分、東武バス北浦和駅バス停留所に到着し、午後1時発
のバスに乗車する。
  ○ 午後1時6分、東武バス東瀬ヶ崎停留所に到着する。
  営業先に移動するまでに、勤務先→徒歩→バス→在来線→徒歩→バス
と、3個の交通手段を用いて、食事の時間を除いて約1時間21分を要するの
である。そして、約2時間の営業を行った後、同様の方法で帰社するのである。
   つまり、現在57歳の、女性である控訴人飯野は、1日で実に約6時間
40分を移動時間に費やし、この間頻繁に交通手段の乗り換え等をしているの
である。しかも、これに加えて、約2時間の訪問営業活動を行っているのであ
る。これは、「容易に理解することができる」との表現では済まない過酷さで
ある。
控訴人飯野に1日だけ同行した40歳の男性である控訴人ら代理人は、
同行終了後には、疲れ果ててしまい、その日の夜は通常の業務を行うことは不
可能であった。(甲271、弁護士町田伸一の「報告書」)


 <控訴人金子の場合>
   控訴人金子も片道約2時間、往復約4時間の通勤を強いられています。しか
  も、本件無期限配転のなかで、志木にある本社コンシューマ事業推進本部に配
  転され、通勤片道約130分(甲196,甲279、弁護士松本恵美子の「報
  告書」)、命じられた訪問販売活動現場まで約95分間、通勤を合わせると、1
  日で電車14回、バス2回、自宅からの自動車2回、合計531分。つまり、
  乗物に乗るか、歩いている時間が約9時間弱という労働までさせられたのです。
    このような異常な労働が配転時で54歳、現時点で59歳になっている控訴
  人金子の(しかも、ひきつづいて述べるようにC型肝炎ウィルスキャリア)
  の心身に「甘受すべからざる被害」を及ぼすことは、誰にもでも分かるはずの
  ことです。この点についてくわしく述べた前掲準備書面(2)〈第2部〉(17
  頁〜18頁)を以下引用しておきます。


(2)片道2時間通勤のもたらす肉体的負担
    控訴人金子は、長時間通勤を終えて帰宅した後のことについて、「す
ぐに横になりたくなっちゃうんですよね、で、横になって、そうすると、じ
きにもう眠っちゃうというか、疲れきって何もできない、気力がないという
かそういう状態です。」「おふろにも入れないです。たいてくれるんですけ
れども、(お風呂が)空いたよと言われても、もう全然入る力がないという
か」と証言している(金子調書7頁)。
   また、控訴人金子の子である牛島まゆは、控訴人ら代理人が控訴人金
子の自宅に泊まった翌朝、その母の困難な状況を手紙で訴えてきた(甲28
0「手紙」)。そこには、次のような記載がある。
    「母はもう何年も前からこたつで寝ています。メガネをかけたまま寝て
います‥ハブラシを握ったまま寝ています‥私が『体こわすから布団で寝た
ほうがいいよ‥』と言うと、『うん‥でも布団で寝ちゃうと朝起きられない
から‥』という返事が返ってきました。60前の身体にムチ打って長時間通
勤している‥これが現状なのです」

     また、上記手紙で、牛島まゆは、自分が幼い頃に母が食事に気を配
ってくれていた旨述べ、「母が法廷で涙ながらにくたくたになって仕事から
帰ってご飯がつくれない‥と話(し)ているシーンを見たことがあります‥
作りたくてもできないのです‥。体が悲鳴をあげているのです‥。」
と訴え
ている。
   牛島まゆの手紙は、帰宅後疲れ切って何もできず、まるで深い海に沈
み込んでいくかのように眠るしかない控訴人金子の状態を明らかにしてい
る。
   そして、控訴人金子は、本件配転前の状態については、「普通の生活
というか、おふろには入れたし、あとはテレビも見れたし」と証言している
(金子調書8頁)。
   控訴人金子の証言とその子の手紙は、本件配転後の長時間通勤により、
控訴人金子の帰宅後の状況は大きく変わり、片道約2時間の長時間通勤が控
訴人金子を過労の状態に陥らせていることを明らかにしている。



   C型肝炎キャリアの苛酷労働 控訴人金子についてさらに特別な事情は同人
  がC型肝炎ウィルスキャリア(感染症)であり、発症を回避するには、過労
  を避けなければならない存在だということです。被控訴人らは、配転にあたっ
  て控訴人金子からそのことを訴えられながら、配転を強行し、今にいたるも改
  めないばかりか、すでに述べたようにさらに苛酷な労働を強いているのです。
  病因をもっている労働者はできるだけ発症しないように処遇する、しかも、発
  症したら現在の医学では重大な結果になることが分かっている病気ならばいっ
  そうそうだ、使用者はそのことを充分配慮しなければならない−これは今日
  の常識ではないでしょうか。しかし被控訴人は全く逆の処遇をしているのです。
  そのことの明白かつ重大な誤り、そこに本件配転の非人道的な目的とやり方が
  示されていること、にもかかわらず原判決が本件配転を容認した誤りについて
  は、控訴人ら準備書面(2)〈第2部〉(19頁〜24頁)にくわしく解明した
  とおりです。

(2) 単身赴任の被害
   控訴人飯野、同金子をのぞく全員が単身赴任になっていることは原判決も認
 めています。
  単身赴任についての判旨  すでに引用したように、原判決は「単身赴任は、
  家族との共同生活を維持し得なくするものであり、労働者に与える不利益も大
  きい」と認め、「使用者が労働者に単身赴任を伴う広域配転を命ずる際には、
  慎重に検討が求められることはいうまでもなく、業務上の必要性についても、
  近隣の地域への配転を行う際よりは高度のものが要求されて然るべきであると
  解される」と判示しています。
    控訴人らは、この判示自体は正しいと考えます(遠距離通勤についても同様
  ですが)。では、単身赴任者の受けた不利益はどのようなものであったでしょ
  うか。(a)この不利益が重大なものであれば、そして、(b)にもかかわらず「慎重
  な配慮」が行われなかったならば、(c)さらに業務上の必要性が「より高度」の
  ものでなかったならば、原判決の判旨によっても、各配転は違法無効とならざ
  るを得ないはずです。
    実際にはどうであったか?各控訴人らの生活上の不利益、家族から切り離さ
  れることによる本人及び家族の被害は、重大なものでした。このことを控訴人
  らは原審以来、克明に主張、立証してきましたが、とりわけ、当審では当審準
  備書面(2)〈第2部〉で各控訴人別に徹底的に解明・主張し尽くしています。

  控訴人志賀の悲劇  ここでは、全部をくり返すことを避けて、控訴人志賀の
  場合を前掲準備書面(2)〈第2部〉(74頁〜75頁)を引用(但し、一部省
  略)して明らかにします。限られた紙数のなかで、全控訴人について述べるこ
  とはできませんが、単身赴任者の被害がもっとも鮮明に現れており、にもかか
  わらず、この配転をさえ正当だとする原判決は、前掲の引用した判旨を原判決
  自身が空文にしていることを、あれこれ論ずるまでもなく、はっきりさせるこ
  とができる端的な事実だと考えるからです。


  (前略)本件配転は、遠隔地への配転は困難であるとの控訴人志賀の訴
えを無視して強行されたものである。しかも、控訴人志賀の場合、山形支店
の職場にそれまで従事してきた仕事がなくなったわけではなかった。また、
需要が大きいとして配転された神奈川支店の職場は、満了型を集めた職場で
あり、その後はAM数が減少している。
   本件配転の目的が、満了型を選択した控訴人志賀に苦痛と不利益を与
えるために行われたものであることは明白である。
    そして、そのような本件配転の目的は、本件配転後の5年の経過のな
かでより鮮明になっている。

 第2 本件配転による著しい不利益
 1 本件配転時の家族的な不利益
 (1)母久子の喘息
 本件配転命令当時、控訴人志賀の両親は、父惣太郎が83歳、母久子が
80歳であった。妻悦子は49歳で、学童保育の指導員をしており、3人の
娘はいずれも独立して家にはいなかった。
母久子は、喘息の発作を抑えるために、投薬治療のほか、毎日6時間
ごとに吸入をしなければならず、自宅治療だけでは不十分なため週に1度は
病院に点滴を受けに行っていた。また、喘息発作による入退院も繰り返して
おり、平成14年1月には12日間、2月から3月にかけて14日間、4月
に2日間、6月に2日間と半年の間に都合4回、合計30日間の入院生活を
送っていた(甲295「カルテ」)。
(中略)
   (喘息症状の度合いである)重症とは、「中等度ないし高度の喘息症
状が頻発して、日常生活がほとんど不可能なもので、高用量吸入ステロイド
薬の連用を要し、また経口ステロイド薬の追加連用を必要とする」ものであ
る。
   中等症とは、「両者の中間の広い範囲を示すもので、慢性的に軽症ない
し中等症の症状があり、しばしば日常生活、睡眠が妨げられ、持続した気管
支拡張薬と抗炎症薬の投与を要する」ものである。
   このような基準に照らせば、上記の母久子の喘息は、連日の吸入を要
し、頻繁に病院での点滴や入院治療を要するものであったから、その重傷度
は「中等症」ないし「重症」である。
   「喘息は適切な治療が行われないと、日常生活、社会生活に多大な支
障を来し、最悪の場合には発作で死亡することすらある」「特に喘息で亡く
なる患者の大部分は、60歳以上の高齢者である」(甲298「症例に学ぶ
気管支喘息治療」(株式会社メジカルビュー)76頁)。
   つまり、高齢の喘息患者を抱える家族は、患者の生命の灯火を絶やさ
ないために、日常的に患者の病状に適した最善の看護が求められている。
   本件では、控訴人志賀は、夫婦共働きのため夫婦共同で母久子の看護
にあたっていたのであるから、同人に単身赴任を余儀なくさせることは、母
久子に対する最善の看護を奪うものである。

  (3)躁鬱病、白内障、膀胱炎などの多数の他疾患
   また、母久子は、上記の喘息に加え、躁鬱病にも罹患していた。躁鬱
病の薬を数十年来を常用しており、2週間に一度病院で薬を処方してもらっ
ていた。さらに、母久子は、白内障・不眠症・膀胱炎をも患い、骨粗鬆症が
進行していて足腰が弱っていた。そのため、病院に行くときを除けば歩いて
外出することはなくもっぱら自宅内で過ごしていた。まさに満身創痍の状態
であった。

   (4)父惣太郎の疾患
   他方、父惣太郎も、83歳と高齢であるうえに、以前に胃潰瘍や脳梗

塞で倒れたことがあり、いつ発作が起こるか分からない状態で、胃酸分泌抑
制剤と血液の凝固を防ぐための薬を服用していた。決して健康とはいえない
状態であった。
    (5)看護の負担は仕事をもつ妻
    本件配転により、控訴人志賀は、このように年老いて多数の病気を抱
えた両親の面倒をみられないばかりか、その負担を妻一人に負わせることと
なった。そして、両親の年齢や病状を考えれば、その死に目に会えない状態
におかれた。
   2 家族事情の聴取をしない配転命令
    (1)控訴人志賀による家族事情の訴え
     控訴人志賀は、プレ体制実施中の平成14年4月15日、「雇用に関
する私の意向通知」を当時の坂口山形支店長宛に提出し、「現在の職場で、
現在の業務を続けられるように在籍出向させること」「強制配転はしないこ
と」を要望した。

    この意向通知には「80歳をこえ死期が迫っている両親の元を離れる
ことはできません」「子どもは私1人だけです」と控訴人志賀の家族事情が
書かれていた(甲134「意向通知」、乙203「大田原敏夫陳述書」29
頁)。
    (2)会社による家族事情の不聴取
      しかし、会社は、控訴人志賀が書面で「死期が迫っている両親」の元
を自分が離れるわけにはいかないことを訴えていたにもかかわらず、その具
体的な事情を控訴人志賀に何ら問い合わせることをしなかった
(甲128「志
賀正雄陳述書」26頁、志賀正雄調書12頁)。このことは、大田原証人が、
控訴人志賀に対し事情を問い合わせたという報告を控訴人志賀の上長か
ら聞いているかとの控訴人代理人の質問に対し、「ございません」と述べて
認めている(大田原敏夫調書34頁)。

   (3)配転命令
     こうして、会社は、控訴人志賀の家庭事情について何ら控訴人志賀に
問い合わせることなく、同年6月24日、同年7月1日付で神奈川支店西法
人営業部勤務を命じる配転命令をおこなった(甲128「志賀正雄陳述書」
・25から26頁、大田原敏夫調書33から34頁)。
  3 配転後の5年間に生じた家族的な不利益
    (1)母久子の死
    母久子は、躁鬱病であることに加え、控訴人志賀が本件配転により単
身赴任となったことから、平成15年1月ころには、「生きていても何も楽
しみがない」「早く死にたい」ということを口にするまでになっていた。

    このため、控訴人志賀は、上長に地元酒田に戻すよう毎年の面談の際に
求めていた(甲129)。しかし、その願いはかなわなかった。

配転から2年後の平成16年11月29日、母久子は入院中に敗血症
によるショックで死亡した。敗血症は、喘息治療のための投薬によって母久
子が免疫不全の状態になったことが要因になり、血液中に何らかの弱毒菌の
侵襲受けて発症したものである。母久子は、頼りにしていた一人息子がそば
にいない中で寂しく息を引き取った(敗血症の一般的病状については、甲2
99「家庭の健康と医学大百科」(社会保険新報社)919〜920頁を参
照)。
   控訴人志賀は、同月19日、病院に母久子を見舞ったのが最後となっ
てしまった。控訴人志賀にとって、幼いころに出稼ぎに出ており、接触する
機会が少なかった母久子に対する愛着は大きかった(甲246「志賀悦子陳
述書」)。葬儀の際、控訴人志賀は、喪主挨拶で「現在、私はNTTの構造
改革によって神奈川県の厚木というところにおります。母には、定年までの
5年間は生きていて欲しいと願いつつ仕事をしておりました」とその無念を
語った。
    (2)父惣太郎の死
     父惣太郎は、本件配転後から1年後の平成15年6月、前立腺肥大と
診断された。以来、尿道に管を入れて排尿し、3週間毎に、庄内病院に通院
して管を交換するようになった。また、前立腺肥大の検査時に、心臓弁膜症
(正式の病名は心臓弁膜症による、心房細動と高度のST低下)が発見され
た。血液の循環が良好でないために自宅の2階への階段の昇降時にも、ハァ
ハァと息をする状態で、滅多に外出しなくなった。そのほかに不整脈、肺気
腫などの診断がされていた(甲128「志賀正雄陳述書」1頁)。
    その父惣太郎も、平成18年2月に死亡した。控訴人志賀は、父の死
に目にも会えなかった。控訴人志賀は、その無念を父惣太郎の葬儀の際に次
のように語った。
   「父、志賀惣太郎は、3年程前に前立腺肥大となり、その時の検査で
心臓弁膜症が見つかり、それ以来急に衰えてきました。おととしの11月に
母が亡くなった際の葬儀にも出席できない状態でした。私は、NTTの「構
造改革」によって平成14年の7月に酒田から神奈川県の厚木に転勤となり、
昨年の7月からは東京に勤務しております。(酒田から神奈川県に転勤とな
った時)高齢で病弱な両親を抱え、仕事以上に気がかりなことでした。父に
は、定年までの3年間は生きていてくれと願いながら仕事をしておりました。
今年の冬は特に寒さが厳しく、この冬を乗り切れればと願っておりましたが、
14日の未明に眠ったまま息をひきとりました。いつかは、こういう時がく
るのを覚悟はしておりました。まだ大丈夫だろうと思っておりましただけに
突然のことでした。勤務地が遠いために、二親の死に目に会うことができな
かった事は痛恨の極みでございます。」(甲246「志賀悦子陳述書」)。

    (3)5年間に及ぶ著しい不利益
     控訴人志賀は、本件配転により単身赴任となったために、高齢でそ
れぞれに多数の病気を抱えた両親の面倒を妻久子に委ねざるをえなくなっ
た。妻久子は自ら仕事をしながら、家事もやり、控訴人志賀の両親の面倒を
みることになった。単身生活によるわびしさに加えて、このように妻に負担
をかけることがまた控訴人志賀の精神的苦痛を増大させた。
     そして、控訴人志賀の両親は、頼りにしていた一人息子がいない中で
寂しく死を迎えざるをえなかった。複数の病気を抱え看護を必要としていた
両親が亡くなり、その死に目にも会えなかった控訴人志賀の被った精神的苦
痛は著しい。
    被控訴人は、こうした事情のある控訴人志賀に対して無期限の首都圏
配転を行ったのであって、同控訴人がこのような不利益を被ることを当然に
予見していた。


   家族に対する責任は重い 家族に対する責任、年老いた父母や病気を持つ姉
  や弟などに対する責任は、誰にとっても重いものがあります。控訴人飯野、同
  金子は、成長して様々に困難に直面する子供に対して、母親として重い責任が
  ありました。控訴人志賀だけではなく控訴人渡部、同久保をはじめ、みんなが
  それぞれ責任を持っていたのです。こうした控訴人らが肉親に出来るだけのこ
  とをしたいという、人間としての当然の要求を配転によって踏みにじられたの
  は、ひとり志賀だけではありません。一審元原告の吉田の場合は父親が再三、
  自殺を図るという事態になり、一審途中で原審裁判所の斡旋もあって、裁判を
  取り下げ、通勤可能な場所に配転になりましたが、結局は、父親は自殺してし
  まっています。本件配転の期間中、控訴人(元原告吉田を含む)らが様々に介
  護・支援して支えていた両親や姉、弟の死者は5名にも及んでいるのは、その
  ことを端的に証明しています。誤解のないように言っておきますが、肉親が死
  ななければいいというのではありません。50歳を超えた控訴人らが、長くと
  もに同居し、あるいは同じ地域でともに生きてきた家族とともに暮らすという
  こと自体が尊重さるべき利益であり、あれこれの理由でみだりに奪うことを許
  さない権利なのです。しかし、本件ではさらに重大な人権の侵害といってよい
  家庭生活の破壊が行われている−そのことを正当だ、やむを得ないとする原

  判決の誤りは、実に大きいと言わなければなりません。
(3) 本人の健康状態も無視
   被控訴人らの配転は、50歳を超え、様々に加齢による健康の衰えや病気を
  もつ本人らの健康状態をも無視するものでした。そのことについては、当審準
  備書面(2)(第2部)で控訴人一人ひとりについてくわしく述べたとおりで
  す。たとえば、既に述べたとおり、控訴人金子についてC型肝炎キャリアで
  あることを述べ、遠距離配転をしないように訴えたのに、これを拒否、今日に
  いたらせているのはその一つです。他にも、高血圧症を持っていた控訴人佐藤
  を配転し、高血圧症を悪化させ、高血圧症と関連する網膜静脈分肢閉塞病を発
  症するという事態が生じています。
    被控訴人らは、後にくわしく述べるように、51歳以上労働者の圧倒的多数
  に退職、大幅賃金引き下げでOS会社に再雇用ということに応じさせるために
  −そのことを至上目的として−本人の健康状態は無視するという誤った
  立場に立っていたのです。
   奥村過労死事件の証明 そのことは当審での新証拠(甲260)と、札幌地
  方裁判所、同高等裁判所の奥村労災事件判決が証明しています。
    今回提出した新証拠(甲260号証)である被控訴人(北海道支店)が作成
  した「『満了型選択者』一覧表」を見て下さい。通信産業労働組合員は全員
  「網掛け」で色づけされてマークされていますが、その中の1人奥村喜勝は、
  「陳旧性心筋梗塞」「病気持認(心筋梗塞「C」)家族病弱」、と書かれていま
  す。にもかかわらず、被控訴人は、同人に東京中央学園(NTT東日本研修セ
  ンター)での宿泊集合研修を含む研修を命じました。配慮がないというよりは、
  自らの健康管理規定にも反する非人間的で残酷な仕打ちです。このために、奥
  村さんは研修期間中に死亡しました。上記のような病気のあった奥村さんに、
  退職・再雇用に応じないからといって、「満了型」を選択したとみなし、全国
  配転型として、そのための宿泊集合研修を命じ、その結果死に至らせたのです。
  「満了型選択者」の配転について被控訴人がどんなに「問答無用」だったかを、
  このことは鮮明に証明しています。念のために言えば、札幌地裁、同高裁は、
  この件について、被控訴人の責任をきびしく断罪し、6,628万円の慰謝料
  の支払いを命じました。だが、被控訴人は上告している有様です。「利益の極
  大化」のために健康配慮など、被控訴人の頭にはないということを示す端的な
   事実です。(注)
     (注)最高裁は上告を棄却した。上告受理申立については、申立事由4点中、控
        訴審が控訴審段階ではじめて被控訴人が持ち出した過失相殺の主張について、
        同裁判所が判断の対象としなかったことについてのみ、受理した。過労死さ
        せたことは、すでに確定しているのである。

2,業務上の必要性のない配転であることは明白
   すでに述べたように、「使用者の転勤命令権は、無制限に行使できるものでは
 なくこれを濫用することの許されないことは明白である」(前掲東亜ペイント事

 件最高裁判決)というのは判例・学説で確定しているルールです。
   配転命令権の行使が適法か否かを判断する一般的基準についてもすでに述べま
 した。
   こうした基準は、その後の各事件でも維持されているだけではなく、さらに労
 働者側の生活と権利を尊重する方向で発展していること、とりわけ、育児介護休
 業法制定後は、労働者が家族とともに生きる権利を尊重する流れがはっきりして
 いることも、すでに述たとおりです。つまり、業務上の必要性について、労働者
 (及びその家族)の生活上の不利益をもたらす場合には、その必要性をより厳し
 く判断するというのが、今日の配転法理なのです。では、原判決は、業務上の必
 要性をどう判断したのでしょうか。実際には、原判決は自らも認めた一般基準を
 掌を返すように覆してしまっているのです。
(1) ルールを空洞化した「緩やかな基準」の導入
    原判決も法理としては確立した判例法理を否定するものではないでしょう。
  そうである以上、本件配転について、すでに「1」で述べたような本人及び家
  族に生活上の重大な不利益を強いることを正当化するに足りる業務上の必要性
  があるかないかについて、原判決は厳正な判断をすべきでした。しかし、原判
  決は、「業務上の必要性」について、被控訴人らの事実にも道理にも反する主
  張を、言うならば事実上「マルノミ」にして、あるいは、被控訴人の弁解の破
  綻を自ら弁護することによって、認めてしまいました。そして、業務上の必要
  性があったということを支えにして、控訴人らの生活上の不利益を軽視し、甘
  受すべきものとして、本件配転を合法としたのです。
   ルール空洞化のための逆立ち判旨 原判決は、こうした判断をするために法
  理を逆立ちさせています。原判決は@本件構造改革は必要で合理的である、A
  だから、その「中核」である雇用形態選択制度も必要で合理的である、Bした
  がってOS会社の業務の委託により、仕事のなくなった「満了型」についての
  職種転換も、遠距離配転もやむを得ない、C以上のような状況下では、「業務
  上の必要性」という基準について、本件の場合は別だとして、引き下げてしま
  ったのです。つまり、労働者の生活と権利を守り、使用者の利益のための無制
  限な「人事権」の行使に一定の歯止めをかけている配転ルールを、企業の利益
  の前に逆転・空洞化させてしまったのです。具体的には「原告らの配転の業務
  上の必要性を検討する際に、配転が余人をもって替え難いといった高度の必要
  性が求められるべきでないことはもとより、労働力の適性配置、業務の能率推
  進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化といった点で求め
  られる業務上の必要性(いずれも東亜ペイント事件での前掲判例の基準−引
  用者注)、従前従事していた職務が会社内に存在していた場合と比して、より
  緩やかに判断されることはやむを得ないことである」(原判決62頁〜63
  頁)としているのがそれです。
    原判決は、確立している判例・学説の基準を、いわば「表」では認め(正面
  からは否定せず)、実際に「裏」から、別基準の導入によって変質・否定した
  のです。この「緩やかな基準導入」の誤りについて、控訴人らは、これまでに

  くわしく述べていますのでここではこれ以上くり返しません。
    ここで強調したのは、控訴人らが配転された業務が、「緩やかな基準」なら
  必要性が認められるというものではなく、ひとつには労働力の無駄使いになっ
  ており、もう一つには、各控訴人らに対する「いぢめ」に類するものになって
  いることです。
(2) 「論より証拠」−各控訴人らの配置
   「論より証拠」という諺がありますが、各控訴人らが実際に本件配転によっ
 て配置された業務は、非常識といってよい程、不合理なものであり、とうてい、
 今日の法理で認められるものではないことを事実をもって証明しています。た
 とえ、原判決が「緩やかな基準」をとるとしても、こんな配転を正当化するこ
 とは不可能です。もし、それが可能だというのであれば、それはもはや基準な
 どなにもないと言うに等しいことになります。しかし、それは、およそ裁判所
 としてとりえない暴論にほかなりません。
   控訴人らは、そのことを原審以来くり返し、解明・主張してきましたが、当
 審はとくに控訴審準備書面(2)〈第2部〉で、各控訴人ごとにくわしく述べ
 ています。そこで、ここでは、控訴人金子と同渡部の場合を例にとって、業務
 上の必要性はとうてい認められないことを述べます。もちろん、この2人だけ
 ではなく、すでに1人ひとりについて、くわしく解明しているように、その余
 の控訴人についても同様に業務上の必要性はありません。そして、そのことは、
 一人ひとりの控訴人の配転の違法・不当性を明らかにするとともに、本件配転
 全体の不法性を疑問の余地なく明らかにするものです。「1」で述べた生活上
 の不利益も、各控訴人らに「甘受」させるに足りる業務上の必要性が誰につい
 てもないことは、本件配転が他の目的のための「人事権」の濫用であることを
 全体的に証明しており、いわば総論的に鮮明にするものなのです。
   被控訴人らは「適材適所」の配置で、いずれも配転先の要請に応えたものだ
 と一貫して主張し、関連各証人は全員、口をそろえてそう証言し、同趣旨の陳
 述書を提出しています。
   しかし、実態はまるで違います。全控訴人がミスマッチの配置をされたこと
 は明らかだからです。くわしく述べるいとまはありませんので、そのことを控
 訴人金子と同渡部の例で、端的に述べておくに止めます。
  〈控訴人金子の場合〉
   控訴人金子は配転後、2ヶ月も仕事なしで放置されています。実際には電話
 番、FAX番をしていたのです。法人営業で15回線以上の大口顧客を相手に
 する法人営業などできるわけはなかったのです。金子の本件配転後の営業実績
 は年目標の1〜3%という惨憺たるものです。しかし、被控訴人はそのことに
 ついて具体的な改善策はなにひとつとっていません。
   もともとミスマッチな人事で、業務上の必要性にもとづくものではなかった
 ことは、埼玉支店の上司らにもよく分かっているからです。その後、金子は志
 木支店に配転になっていますが、ここでは結局、戸別訪問での販売拡大の仕事
 で、それも、一日中移動ばかりで実動1時間半位しか営業活動が出来ないとい

 うときもありました。こんな非効率的で、労働自体が苦役になりかねない仕事
 をさせ、しかも、そのためにC型肝炎ウィルスキャリアの金子を配転すること
 を必要とする業務上の必要性などあるはずがない−これが社会常識です。
   だが、原判決は「(金子に)エリアAMとしての適性がおよそないとも考え
 られない」「(目標達成率が平成15年〜同17年で1%〜3%であっても)被
 告会社の上記の期待に沿ったものでないことは明らかであるが、経歴等に照ら
 せば、これが、原告金子のAMとしての適性の欠如に起因するものとは理解で
 きない」と言うのです。どうしてそう理解できないのか、それこそ「理解でき
 ない」判示だと言わなければなりません。
  〈控訴人渡部の場合〉
   もう一人、控訴人渡部のミスマッチ配置をあげておきます。渡部は、37年
 間、一貫して無線担当として働き、日航墜落事故での現場からの無線業務、長
 野オリンピックでのEUへの無線業務などに参加するなど、高い知識と経験を
 持ち、自らの努力で無線に関して数多くの資格を持つ労働者です。無線に関す
 るエキスパートなのです。
  被控訴人はこの渡部を神奈川西法人営業部にAMとして配転させました。原
 判決によれば、神奈川西法人営業部の要請は「15回線以上の大口ユーザー
 等」に対する「システムやネットワーク構築等の提案・折衝を行うAM担当
 者」です。そもそも、控訴人らを首都圏でのこうした仕事に適材適所で配転し
 たのだということが、全く事実を偽るものであることはすでに詳しく述べてき
 たところです。ここでは繰り返しません。しかし、いずれにしても、神奈川で
 の仕事に、渡部のスキルが役に立たないことは、疑問の余地のない事実です。
  配転された後に、渡部のスキルを生かす仕事は一つもありませんでした。し
 かも、渡部には吃音障害がありました。配転元の石山証人は、本社から、「営
 業に向かない人はいらない」という回答があったと証言しています(石山調書
 35頁)。それなのに、まさに営業活動に「もっとも向かない人」といってよ
 い渡部を、神奈川に配転する業務上の必要があったとどうして言えるのでしょ
 うか。
  ミスマッチであったことは、渡部の配転後の労働状況が金子同様にはっきり
 証明しています。渡部の平成14年と同16年の営業実績は、神奈川西営業部
 の年1人当たりの平均実績1,600万円に対して、それぞれ100万円にも
 達していないのです。なお平成15年度は1,400万円になっていますが、
 これは渡部の活動によるものではなく、上司の田中課長が受注した案件の、い
 わばおこぼれをもらったのにすぎません。
  ミスマッチは明白であり、業務上の必要性がある配転というのは明らかに事
 実に反します。
  原判決は、「確かに、それまでの経歴に照らして、同人の営業職の適性が高
 いとも解されない」と判示します。「高いとも解さない」という曖昧な判示で
 はなく、なぜ、率直に「適性はなかった」あるいは「低い」としないのか、と
 いう問題はありますが(このようなあいまいな判旨は原判決に随所に見うけら

 れるところです)、少なくとも以上のようには言っているのです。この認定は、
  「無線の知識・経験」を渡部配転の「決定的な理由」とし、渡部を「AMの適
 任者」として人選したという被控訴人の重要な主張を否定するものです。そし
 て、それならば、被控訴人の配転命令は誤っている、いや、被控訴人は配転の
 本当の目的を偽っている、いずれにしても渡部のスキルを否定し、活動と家族
 の生活を侵害する配転は違法・無効であるとするのが当然の判決というもので
 す。
  だが判決はなお、「業務上の必要性」があるとしました。営業実績について
 も、平成15年の1,400万円だけをとりあげ、渡部の供述をなんの理由も
 明らかにせずに排斥し、しかも平成14年、同16年の惨憺たる営業実績につ
 いては、一言もふれずに、「営業経験のない技術系の職員(つまり渡部)にと
 って不可能な職務とも解されない」としたのです。
  このように「とも解されない」とか、控訴人金子についての判示のように
 「適性がおよそないとも考えられない」などという原判決の判断基準は、全く
 基準たりえません。「緩やかな判断基準」でさえないく、無限定に(使用者の
 言うままに)「業務上の必要性」を認める呪文でしかないといわなければなり
 ません。
(3) 経営上、損失の大きい配転
   本件配転が、「業務上の必要性」がないものであり、通常の経営常識から言
  えば、かえって被控訴人らの経営に多大な損失を生じさせるものでした。
   現にそうなっているのです。
   控訴人らは、いずれも配転前の業務で言えば、キャリアを積んだ優れた労働
 者であり、被控訴人らの仕事に寄与していました。それなのに、すでに控訴人
 金子、同渡部を例に挙げて述べたように、全控訴人らともに、キャリアを生か
 せず、「一人前」に働けない業務につかせて、しかも、配転以来、6年に近く、
 控訴人らのそのような状況を改善するための努力もしていない、つまり、放っ
 たらかしにしているのです。
  不必要な出費を重ねる配転  しかも、被控訴人らは、貴重な労働力を無駄づ
 かいするだけではなく、不必要な出費を重ねています。本件各配転はいずれも
 控訴人らを無理に遠隔地へ配転した結果、単身赴任手当・遠距離通勤費を支出
 するという不合理を生じているのがそれです。その金額は単身赴任者の場合、
 元原告吉田を含めて単身赴任手当及び帰省旅費は6名合計で年間444万円で
 あり、遠距離通勤者の場合、控訴人飯野・同金子・同野形の通勤交通費は3名
 合計で年間約230万円、これらの他に新たに東京勤務となった元原告吉田・
 控訴人久保・同佐藤・同鎌倉・同笹原の地域加算5名合計年間222万円を加
 えて、年間の総額で約900万円にもなっています。
   また、控訴人野形をはじめ、「満了型選択者」が集中配置されているメンテ
 ナンスビジネス推進部は2002(平成14)年8月の新設からわずか13ヶ
 月後の2003(平成15)年8月31日に廃止されましたが、45名もの
 「満了型」が集中配置された職場において、控訴人野形らにまともな仕事はな

 にもありませんでした。被控訴人側の半田正樹証人によれば、同推進部のこの
 間の販売実績はわずか920万円前後、一方、この間の労務費だけでも5億円
 であり、その他にビルの賃料その他の費用が必要であったというのです。(半
 田証人調書34〜35頁)
   これほど経営上の合理性を欠いた施策はなく、このような部署を敢えて作り
 上げて「満了型選択者」を集中配置したことに、経営上の合理性がない、した
 がって業務上の必要性がないことは明白です。このことは、本件配転の目的が
 他にあった、つまり、退職・再雇用強制のための手段だった、業務上の必要性
 ではなく、「労務上の必要」だったことを証明しているのです。
  東亜ペイント事件判例違反   控訴人らのなかには、数々の専門資格を取得し
 てこれを重要な業務に活かし(控訴人渡部、同笹原、同野形など)、上司を含
 む職場全体からベテランとして頼られるにいたった者(控訴人久保)等々、企
 業経営にとっても重視すべき貴重な戦力となっていたのです。それなのに、す
 でに50歳代にいたっていた控訴人らを遠隔地に配転して、今までのキャリア
 が役に立たないばかりか、これからの努力ではとうてい習得して一人前には働
 けない仕事を強要して、何の経営利益があるというのでしょうか。こんな配転
 を、しかも無期限(終身まで)させておくというのは、「労働者の能力開発」
 にとって無意味です。言うまでもありませんが、このような控訴人らの経験・
 技能を活かさずに本件各配転先において無為に過ごさせることは、「勤労意欲
 の高揚」にも反します。東亜ペイント事件の「業務上の必要性」についての基
 準に全く反していることも明らかです。

 <むすび> 真実と正義の判決を求める
   控訴人らは、本件口頭弁論の終結にあたって、本件配転の本質について、当
 審第1回口頭弁論において陳述した意見が正しかったことは完全に証明されたと
 確信します。そのことは、当審での控訴人らのさらにくわしい主張、新たな証拠、
 そして、年金判決、さらには6年に近い事実の中で明らかになった真実によって、
 鮮明になっています。原判決を維持すること、そして、本件と全く同一の事案で
 ある札幌地裁の原告5名全員勝訴の判旨を否定することは、決してあってはなら
 ないことだと確信します。
  当審が、当審でのいままでの控訴人らの主張立証、そして本日予定されている
 2人の証人の証言、さらには本準備書面をも参照され、公正で真実と正義の判決
 をされることを控訴人ら及び控訴人代理人ともに、心から要望して弁論を終える
 ものです。

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